中小企業の後継者が新規事業に取り組むときに最も大切なのは、新しい事業そのものの出来栄え以上に、既存事業と、それを支えてきた社員や先代との関係をどう築くかです。後継者の新規事業は、会社の将来のための挑戦であると同時に、後継者が社内で信頼を得ていく過程でもあります。進め方を誤ると、事業がうまくいかないだけでなく、既存事業を支える社員の心が離れてしまうこともあります。
うまく進めるための基本は、既存事業を尊重し、その資産を活かせるテーマから小さく始め、目に見える結果で示していくことです。大きな構想を掲げて一気に会社を変えようとするより、既存の顧客や技術を活かした小さな取り組みで成果を出し、それを足がかりに次の挑戦へ進むほうが、社内の協力も得やすく、失敗したときの傷も浅く済みます。
この記事は、家業や中小企業を継いだ、あるいは継ぐ予定の後継者で、新規事業に取り組みたいと考えている方に向けて書いています。承継の時期に応じたテーマの選び方、社内調整の手順、よくある失敗と避け方を具体的に整理します。事業承継に関わる税制や制度については、最新の情報を専門家や公的窓口で確認してください。
後継者が新規事業に取り組む意味
後継者が新規事業に取り組む動機はさまざまです。既存事業の市場が縮小しつつあり、将来の柱が必要だと感じている。先代の時代とは事業環境が変わり、新しい顧客層やデジタルの活用が求められている。自分の代で会社に新しい価値を加えたい。いずれも、会社の将来を考えるうえで大切な動機です。
後継者の新規事業には、創業者の新規事業とも、大企業の新規事業とも異なる特徴があります。
| 観点 | 後継者の新規事業の特徴 |
|---|---|
| 使える資産 | 既存の顧客、取引先、技術、地域での信用、設備など、ゼロから始める起業家より多くの資産がある |
| 意思決定 | 最終的な決定権を持つ立場になれば、大企業より速く判断できる。ただし承継前は先代の承認が必要なことが多い |
| 社内の目 | 古参の社員から、後継者としての力量を見られている |
| 既存事業との関係 | 既存事業の人や資金を使うため、既存事業への影響に配慮が必要 |
| 失敗の重み | 会社の資金を使うため、失敗が会社全体の経営に響く。また後継者としての信頼にも影響する |
この特徴から分かるのは、後継者の新規事業では、資産を活かせる強みと、社内の関係への配慮という二つの側面を同時に考える必要があるということです。
承継の時期によって変わる取り組み方
後継者が新規事業に取り組む時期は、承継の前、承継の途中、承継の後のいずれかです。時期によって、使える権限、社内の受け止め方、適したテーマが変わります。
| 時期 | 状況 | 適した取り組み方 |
|---|---|---|
| 承継の前 | 先代が経営の決定権を持ち、後継者は役員や社員の立場 | 既存事業に近い小さなテーマで、先代の承認を得ながら成果を出す。社内の信頼を得ることを優先する |
| 承継の途中 | 経営の権限が徐々に移っている段階 | 先代と役割を分担し、後継者が新規事業を、先代が既存事業を見る形で進める |
| 承継の後 | 後継者が経営の決定権を持つ | 中長期の方向性を示したうえで、既存事業の安定を確保しつつ新しい柱を育てる |
承継の前の段階では、大きな新規事業よりも、既存事業の延長線上にある取り組みから始めるのが賢明です。たとえば、既存の顧客に新しいサービスを提供する、既存の製品をインターネットで販売する、既存の業務をデジタル化して効率を上げる、といった取り組みです。既存事業に貢献する形で成果を出すことで、古参の社員からの信頼を得やすくなります。
承継の後であっても、いきなり既存事業の方向を大きく変えるのは慎重に考えるべきです。新しい経営者の就任は、社員や取引先にとって不安の大きい時期でもあります。まずは既存事業の安定を示し、そのうえで新しい取り組みを始めるほうが、周囲の協力を得やすくなります。
新規事業のテーマの選び方
後継者の新規事業のテーマは、次の三つの方向から考えると、既存の資産を活かしやすくなります。
既存の顧客に新しい価値を届ける:既存の顧客が抱えている、今の商品やサービスでは応えられていない課題に応える方向です。顧客との関係がすでにあるため、話を聞きやすく、試してもらいやすいのが利点です。進め方は既存顧客に新しい商品を売る:隣接領域への事業拡張の進め方で詳しく扱っています。
既存の技術や商品を新しい顧客に届ける:自社の技術や商品を、これまでとは異なる顧客層や地域、販路に届ける方向です。たとえば、業務用の製品を一般の消費者向けに展開する、地域の顧客だけに売っていた商品をインターネットで全国に売る、といった取り組みです。
既存の業務の仕組みを新しい事業にする:自社の業務で培った仕組みやノウハウを、他社に提供する方向です。たとえば、自社で工夫してきた業務の管理の方法を、同業他社にサービスとして提供するといった取り組みです。
どの方向を選ぶ場合も、後継者が既存事業の現場で見聞きした顧客の声が、最も確かな出発点になります。店頭や営業、配達、問い合わせの対応といった日々の仕事の中で、顧客が繰り返し口にする困りごとや、社員が「本当はこうしたい」と感じていることを書き留めておくと、テーマの候補が自然に集まってきます。
テーマを選ぶときは、後継者自身の関心だけでなく、既存事業との相乗効果、社員の協力の得やすさ、失敗したときの影響の大きさも考慮します。テーマの評価の観点は新規事業アイデアの評価基準も参考になります。
社内調整の進め方:6つの手順
後継者の新規事業で、テーマの選び方以上に重要なのが社内調整です。次の手順で進めると、社内の協力を得やすくなります。
- 既存事業を深く知る:新規事業を始める前に、既存事業の現場に入り、業務の流れ、顧客、社員の仕事ぶり、事業の強みと弱みを理解します。既存事業を知らずに新しいことを始めると、社員から「現場を分かっていない」と受け止められます。
- 先代と方向性をすり合わせる:新規事業に取り組む理由、テーマ、使う資源の範囲について、先代と話し合います。先代の懸念を聞き、既存事業への影響を最小限にする方法を一緒に考えます。
- 鍵となる社員に相談する:既存事業の要となっている古参の社員に、新規事業の考えを早い段階で相談します。決定事項として伝えるのではなく、意見を求める形で相談すると、協力者になってもらいやすくなります。
- 既存事業への影響を明確にする:新規事業で使う人、時間、資金の範囲を明確にし、既存事業の業務に支障が出ないことを示します。
- 小さく始めて結果を共有する:小さな範囲で取り組みを始め、成果や学びを社内に共有します。うまくいかなかったことも隠さずに共有すると、信頼を得やすくなります。
- 協力してくれた社員の貢献を認める:新規事業に協力してくれた社員の貢献を、社内で明確に認めます。協力が報われる経験が、次の協力につながります。
手順1の期間は、会社の規模や後継者のこれまでの経歴によって異なりますが、少なくとも主要な業務を一通り経験し、主な顧客と顔を合わせておくことが望ましいでしょう。現場で一緒に汗をかいた経験は、後に新しい提案をするときの説得力になります。
手順3の「鍵となる社員への相談」は、とくに重要です。古参の社員は、既存事業の顧客や業務について、後継者が知らない多くのことを知っています。その知見を新規事業に活かせるだけでなく、古参の社員が新規事業の味方になってくれれば、社内の空気は大きく変わります。社内の反対や抵抗への向き合い方は新規事業への社内の反対・抵抗をどう乗り越えるかでも整理しています。
架空の例:老舗の金物店を継いだ後継者
ある架空の、地域で長く続く金物店を継ぐ予定の後継者が、新規事業に取り組んだ場面を想定してみます。
この店は、地域の工務店や職人を主な顧客として、工具や金物を販売してきました。後継者は、店に入ってしばらくは店頭と配達の仕事に就き、古参の社員から顧客や商品について学びました。その中で、職人たちが「急に必要になった部品を、遠くの大型店まで買いに行く時間がない」と話しているのを何度も耳にしました。
後継者は、職人がスマートフォンから在庫を確認して注文し、現場に配達してもらえる仕組みを作れないかと考えました。まず先代に相談したところ、配達の人手が足りなくなることへの懸念が示されました。次に、配達を長く担当してきた古参の社員に相談すると、配達のルートと時間帯をまとめれば、今の人数でも対応できる範囲があるという意見をもらいました。
後継者は、まず常連の工務店数社に限って、電話やメッセージで注文を受け、既存の配達のルートに合わせて届ける試験を始めました。システムは作らず、在庫の確認は社員が手作業で行いました。数か月の試験で、注文が定期的に入ること、職人たちから評価されていることが確かめられたため、在庫の確認と注文を受け付ける簡単な仕組みの導入に進むことになりました。
試験の間、後継者は毎週、注文の件数と職人たちの声を簡単にまとめて先代と社員に共有しました。先代が懸念していた配達の負担についても、実際の時間の増え方を記録して示したことで、先代の不安は次第に和らいでいきました。
この取り組みでは、配達を担う古参の社員の意見を取り入れたことで、社員が「自分たちの仕事を活かした新しい取り組み」として受け止め、積極的に協力するようになりました。
よくある失敗と避け方
| よくある失敗 | 何が起きるか | 避け方 |
|---|---|---|
| 既存事業を否定する言い方をする | 古参の社員が反発し、協力が得られない | 既存事業の強みを認め、それを活かす取り組みとして説明する |
| 大きな構想から始める | 資金と人を大きく使い、失敗したときの影響が大きい | 既存の資産を活かした小さな取り組みから始める |
| 先代や社員に相談せずに進める | 社内の支持を失い、既存事業との摩擦が起きる | 早い段階で先代と鍵となる社員に相談する |
| 外部の流行のテーマに飛びつく | 自社の強みと関係がなく、勝てない | 既存の顧客・技術・業務を起点にテーマを選ぶ |
| 成果を急いで大きな投資をする | 既存事業の資金繰りを圧迫する | 検証の段階ごとに投資の範囲を決める |
| 一人で抱え込む | 時間が足りず、どちらの事業も中途半端になる | 社内の協力者と外部の力を組み合わせる |
とくに注意したいのは、「既存事業を否定する言い方」です。後継者は、既存事業の課題が見えるからこそ新しいことに挑戦したいと考えるものですが、その思いを「今のやり方は古い」という言葉で伝えると、長年既存事業を支えてきた社員は自分の仕事を否定されたと感じます。「既存事業の強みを、新しい形で活かしたい」という伝え方を心がけましょう。
小さな検証の設計と結果の示し方
後継者の新規事業では、「小さく始めて結果で示す」ことが社内の信頼につながります。そのためには、何をもって結果とするかを、始める前に決めておくことが大切です。
検証を始める前に、次の4点を一枚の紙にまとめておきます。
- 確かめたいこと:「常連の工務店は、配達つきの注文を定期的に使うか」のように、一文で書きます。
- やること:対象の顧客、期間、提供の方法を具体的に書きます。
- 判断の基準:期間の終わりに、どんな状態なら次の段階に進み、どんな状態なら方向を変えるかを書きます。注文の回数、継続の希望、顧客の声など、事実で判断できる基準にします。
- 使う資源:関わる社員、使う時間、かかる費用の上限を書きます。
この紙を先代や鍵となる社員と共有しておけば、検証の結果を報告するときに、「何を確かめ、何が分かり、次にどうするか」を同じ枠組みで説明できます。結果が期待どおりでなかった場合も、事前に決めた基準に照らして方向を変える判断をすれば、「思いつきで始めて、うまくいかずにやめた」という印象ではなく、「計画どおりに確かめ、学びを得た」という受け止め方になります。
結果の共有は、朝礼や月例の会議など、既存の社内の場を使うと自然です。新しい会議を設けるより、既存の場で短く報告するほうが、社員にとって身近な取り組みとして受け止められます。報告では、数字だけでなく、顧客の具体的な言葉や、協力してくれた社員の工夫を紹介すると、取り組みへの関心と協力が広がります。
外部の力の借り方
中小企業の後継者は、既存事業の経営と新規事業の両方を担うことになり、時間も知見も足りなくなりがちです。外部の力を上手に借りることで、負担を減らし、進め方の失敗を避けられます。
外部の力には、事業承継に詳しい税理士や公的な相談窓口、新規事業の進め方を支援する専門家、システムの開発を担う会社、同じ立場の後継者同士のつながりなどがあります。事業承継に関わる税制や補助金などの制度は内容が変わることがあるため、最新の情報は専門家や公的窓口に確認してください。
新規事業の進め方について外部の支援を受ける場合は、事業の判断と顧客との関係は後継者自身が担い、外部には進め方の設計や、社内に足りない専門的な作業を任せる形が望ましいでしょう。外部に任せきりにすると、事業の知見が社内に残らず、社員の理解も得にくくなります。一人で新規事業を任された場合の最初の動き方は一人で新規事業を任されたらも参考になります。
後継者の新規事業のチェックリスト
- 既存事業の現場に入り、業務、顧客、社員の仕事を理解した
- 承継の時期に応じて、自分が使える権限と取り組みの範囲を把握している
- テーマが、既存の顧客・技術・業務のいずれかを活かすものになっている
- 先代と、新規事業の理由、テーマ、使う資源の範囲をすり合わせた
- 既存事業の鍵となる社員に、早い段階で相談した
- 新規事業で使う人・時間・資金の範囲を明確にし、既存事業への影響を説明できる
- 小さく始める最初の取り組みが具体的に決まっている
- 成果と学びを社内に共有する場を設けている
- 協力してくれた社員の貢献を認める方法を考えている
- 事業承継に関わる制度について、専門家や公的窓口に確認する段取りがある
よくある質問
Q. 承継前に新規事業を始めるべきですか、承継後にすべきですか?
どちらにも利点があります。承継前に小さな新規事業で成果を出せば、社内で後継者としての信頼を得る機会になります。承継後であれば、経営の決定権を持って大きな判断ができます。承継前は既存事業に近い小さなテーマで始め、承継後に本格的な展開を考える、という段階的な進め方が現実的です。
Q. 先代が新規事業に反対しています。どうすればよいですか?
まず、先代が何を懸念しているのかを丁寧に聞くことから始めましょう。既存事業への影響、資金の負担、失敗したときのリスクなど、懸念の中身が分かれば、範囲を小さくする、期間を区切る、既存事業への影響を抑える方法を示す、といった形で応えられます。小さな試験で結果を示すことも、説得の材料になります。
Q. 既存事業が厳しい状況でも、新規事業に取り組むべきですか?
既存事業の立て直しが急務であれば、まずそちらを優先すべき場合もあります。ただし、既存事業の改善と新規事業は、必ずしも対立するものではありません。既存の顧客の課題に応える新しいサービスが、既存事業の立て直しにもつながることがあります。会社の資金繰りの状況を踏まえ、無理のない範囲で取り組みましょう。
Q. 自社のデジタル化と新規事業は、どちらから手をつけるべきですか?
既存業務のデジタル化で得た経験や効率化の余力が、新規事業の土台になることがあります。一方、デジタルの新規事業を通じて、既存業務の見直しが進むこともあります。デジタルの新規事業の進め方は製造業・老舗企業がデジタルの新規事業を始めるときの進め方と壁で詳しく扱っています。
Otsumuに相談できること
既存事業の現場をよく知り、先代や古参の社員と率直に話せる関係があり、テーマの候補が既存の資産と結びついている場合は、この記事の手順に沿って、小さな試験までは自社で十分に進められます。最初の試験は手作業でも構わず、大きな投資は必要ありません。
一方で、テーマの候補が多すぎて絞れない、社内の調整をどう進めればよいか迷っている、新規事業の進め方の経験が社内になく既存事業の経営と両立できない、といった状況では、外部の視点を入れたほうが、遠回りを避けられます。社内の人間関係から距離のある立場だからこそ、率直な意見を言えることもあります。
Otsumuは自らも事業を手がける立場から、既存の資産を活かせるテーマの整理、小さく始める検証の設計、そして必要になったときの仕組みの開発までを一気通貫で支援します。新規事業開発コンサルティングではテーマの整理と検証の進め方を、新規事業の爆速MVPシステム開発では検証に必要な範囲の仕組みをAIを活用した短期間の開発で形にするお手伝いをしています。事業案の論点を短期間で洗い出したい場合は、新規事業レビュー Sprint(48万円・税別・参考価格、1〜2週間)という形でもご相談いただけます。なお、事業承継の税制や手続きについては、税理士などの専門家や公的窓口にご相談ください。
新規事業のテーマや進め方について、話を聞いてみたいという段階でも構いません。まずは30分の無料相談でお聞かせください。
この記事のテーマに最も近い支援は、新規事業の体制づくり・人材・社内推進支援です。
- 判断・実行・支援の役割を体制図に
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この記事について
Otsumu株式会社が執筆しました。統計値や他社の事例には依拠せず、進め方と判断の枠組みを中心にまとめています。法務・税務・会計などの制度は、専門家や公的窓口で最新の情報をご確認ください。
執筆:Otsumu株式会社 / 編集日 2026.10.01