受託で開発や制作を手がけてきた会社が自社サービスを持とうとするとき、最大の強みは、多くの顧客の業務や課題を内側から見てきた経験と、それを形にできる技術力です。そして最大の難しさは、受託の仕事が忙しくなるほど自社サービスに時間を割けなくなること、そして「作る力」と「売って育てる力」が別物であることにあります。
受託から自社サービスへの転換を成功させるには、受託の現場で何度も見てきた顧客の課題を起点にテーマを選ぶこと、自社サービスに使う時間と人を受託とは切り離して確保すること、そして作る前に売れるかを確かめる進め方に切り替えることが鍵になります。受託を一気にやめる必要はなく、受託の収益を土台にしながら、自社サービスを段階的に育てていく形が現実的です。
この記事は、受託開発会社、制作会社、システムインテグレーターなどの経営者や、自社サービスの立ち上げを任された担当者に向けて書いています。テーマの見つけ方、受託との並行の仕方、検証の進め方、体制の作り方、収益化までの判断の基準を具体的に整理します。
受託会社が自社サービスを持つ理由と難しさ
受託会社が自社サービスを求める理由はさまざまです。受託の売上は人の稼働に比例するため、人を増やさないと売上が伸びない。案件の受注に波があり、経営が安定しにくい。顧客の要望に沿って作るだけでなく、自分たちが良いと思うものを作りたい。社員が自社の製品に誇りを持てる環境を作りたい。こうした理由は、いずれも自然なものです。
一方で、受託会社ならではの難しさもあります。受託と自社サービスでは、仕事の進め方と求められる力が大きく異なるからです。
| 観点 | 受託の仕事 | 自社サービスの仕事 |
|---|---|---|
| 何を作るか | 顧客が決める(要件が与えられる) | 自社が決める(顧客の課題を自ら見つける) |
| 成功の基準 | 要件どおりに、期限内に納める | 顧客に使われ続け、収益が上がる |
| 収益の入り方 | 納品や稼働に応じて入る | 顧客が増えるまで時間がかかる |
| 必要な力 | 要件の理解、設計、開発、品質管理 | 課題の発見、検証、販売、顧客の支援、継続的な改善 |
| リスク | 主に顧客との契約の中で管理される | 作ったものが使われないリスクを自社が負う |
| 時間の使い方 | 案件の締め切りに合わせて動く | 自ら優先順位を決めて動く |
受託会社がつまずきやすいのは、受託の進め方をそのまま自社サービスに持ち込むことです。たとえば、最初に詳細な仕様を決めて、作り込んでから公開する。完成度を上げてから顧客に見せる。こうした受託では当然の進め方が、自社サービスでは「誰も使わないものを丁寧に作る」という結果につながりやすくなります。
自社サービスのテーマの見つけ方
受託会社が自社サービスのテーマを見つける源泉は、何よりも受託の現場の経験です。次のような観点で、これまでの案件を振り返ってみましょう。
何度も作ってきた機能や仕組み:異なる顧客の案件で、似たような機能や仕組みを繰り返し作ってきたなら、それは多くの企業に共通する課題である可能性があります。予約の管理、会員の管理、帳票の出力、社内の申請と承認など、業種を問わず繰り返し出てくる要件は、自社サービスの候補になります。
特定の業界で深く関わってきた業務:特定の業界の案件を多く手がけてきたなら、その業界特有の業務や課題に詳しいはずです。業界に特化したサービスは、汎用的なツールでは対応しにくい業務を支えることで価値を出せます。業界特化の考え方はバーティカルSaaSで新規事業を考えるで詳しく扱っています。
顧客が予算の都合で諦めた要望:個別開発では費用が見合わず、顧客が諦めた要望はありませんか。多くの顧客が同じ要望を持っているなら、共通のサービスとして安く提供できる可能性があります。
自社の業務で使っている仕組み:自社の開発や制作の業務を効率化するために作った仕組みが、同業他社にも役立つことがあります。社内で使っている仕組みを外販する進め方は社内の業務ノウハウをSaaSとして事業化する進め方で整理しています。
テーマを選ぶときの判断基準
候補が出てきたら、次の基準で絞り込みます。
| 判断基準 | 確認すること |
|---|---|
| 課題の繰り返し | 異なる複数の顧客で、同じ構造の課題を見てきたか |
| 課題の深さ | 顧客がその課題のために、個別開発の費用を払う、または手作業で凌ぐほど困っているか |
| 自社の知見 | その業務や業界について、他社より深く理解しているか |
| 届け方 | その課題を持つ顧客に、自社が接点を持てるか |
| 既存の顧客との関係 | 受託の顧客と競合しないか、受託の顧客の理解を得られるか |
| 規模の見通し | 少人数で運営でき、顧客が増えても人の稼働が比例して増えない形にできるか |
とくに注意したいのが「既存の顧客との関係」です。受託の顧客のために作った仕組みを、そのまま自社サービスとして他社に提供すると、顧客との契約上の問題や、信頼関係の問題が生じることがあります。受託で作った成果物の権利は契約によって異なるため、テーマを選ぶ段階で、関連する契約の内容を確認し、必要に応じて専門家に相談してください。また、自社サービスが受託の顧客の事業と競合する場合は、慎重な配慮が必要です。
受託と並行して進める体制の作り方
受託会社の自社サービスが立ち上がらない最大の理由は、受託の仕事が優先され、自社サービスに時間が割かれなくなることです。受託には締め切りと顧客がいるのに対し、自社サービスにはそのどちらもないため、どうしても後回しになります。
この問題を避けるために、次のような体制の工夫が有効です。
時間を固定で確保する
「受託が落ち着いたら自社サービスに取り組む」という考え方では、受託が落ち着く日は来ません。週のうち決まった曜日や時間を自社サービスに充てる、特定のメンバーを一定の期間だけ自社サービスの専任にする、といった形で、時間を先に確保します。
専任の責任者を置く
自社サービスには、方向性を決め、優先順位を判断し、顧客と向き合う責任者が必要です。経営者自身が担う場合も、責任者として使える時間を明確にします。責任者が受託の案件も抱えていると、判断が遅れ、検証の速さが失われます。
受託の収益を投資の原資として計画する
自社サービスが収益を生むまでには時間がかかります。受託の収益のうちどれだけを自社サービスに投資するか、いつまでに何が分かれば投資を続けるかを、あらかじめ計画しておきます。これにより、受託の繁忙期にも自社サービスへの投資が止まらず、反対に、見込みのない取り組みに投資を続けることも防げます。
受託と自社サービスで評価の基準を分ける
受託の担当者は稼働や納品で評価されることが多いのに対し、自社サービスの担当者は検証の初期段階では売上で評価できません。自社サービスの担当者が社内で不利にならないよう、「何を学び、どんな判断材料を得たか」を評価する仕組みを作ります。複数の取り組みを並行して管理する考え方は新規事業のポートフォリオ管理も参考になります。
作る前に確かめる:検証の進め方
受託会社は作る力があるため、つい「まず作ってみよう」となりがちです。しかし、自社サービスで最も高くつくのは、誰も使わないものを作ることです。作る力があるからこそ、作る前に確かめる手順を意識的に組み込む必要があります。
- 顧客の課題を言葉にする:受託の経験から見えている課題を、「誰が」「どんな場面で」「何に困っているか」の形で書き出します。
- 受託の顧客以外にも話を聞く:受託の顧客は自社に好意的なため、反応が甘くなりがちです。受託の取引のない企業の担当者にも話を聞き、課題が広く存在するかを確かめます。
- 既存の代替手段を調べる:その課題に対して、顧客が現在使っているツールや方法、その不満を調べます。
- 売り込みの資料で反応を見る:まだ作っていないサービスの説明資料や簡単な画面のイメージを使って、顧客候補に提案し、導入の意向や価格への反応を確かめます。
- 最小限の版を作って試してもらう:反応が良ければ、核心の機能だけを持つ最小限の版を作り、数社に使ってもらいます。この段階で、使われ続けるか、対価を払う意思があるかを確かめます。
- 改善と販売の仕組みを整える:使われることが確かめられたら、機能の改善と並行して、販売、導入支援、サポートの仕組みを整えます。
手順4の提案では、可能であれば事前の申し込みや試験利用の約束といった、具体的な行動を求めてみましょう。「良さそうですね」という言葉と、「始まったら使いたいので連絡がほしい」という申し出では、需要の確かさがまったく違います。
受託会社の強みが最も活きるのは、手順5で最小限の版を短期間で作れることです。作る前の確認を丁寧に行い、作るときは速く作る。この組み合わせが、受託会社ならではの勝ち方になります。
架空の例:ウェブ制作会社の予約管理サービス
ある架空のウェブ制作会社が、自社サービスの立ち上げに取り組んだ場面を想定してみます。
この会社は、地域の整体院や美容室、学習塾などの小規模事業者のウェブサイト制作を多く手がけていました。制作の打ち合わせでは、ほぼ毎回のように「予約の管理が大変で、電話の対応に追われている」という相談を受けていました。個別に予約の仕組みを作ることもありましたが、小規模事業者にとっては費用の負担が大きく、多くの顧客は諦めていました。
経営者は、週のうち一日を自社サービスに充てることを決め、社内のエンジニア一人と自分の二人で取り組むことにしました。まず、制作の顧客ではない整体院や美容室の店主数人に話を聞き、予約の電話対応の負担と、既存の予約サービスへの不満(設定が複雑、自分の店の運用に合わない、など)を確かめました。
次に、簡単な画面のイメージを使って、制作の顧客数社に提案したところ、月額の利用料で使えるなら導入したいという反応が得られました。そこで、核心となる予約の受付と確認の通知だけを持つ最小限の版を数週間で作り、数店に試してもらいました。
試験の結果、店主たちが最も評価したのは、予約の受付の機能そのものよりも、制作会社の担当者が店の運用に合わせて設定を代行してくれることでした。この会社は、ウェブサイトの制作と予約の仕組みの導入・設定をセットで提供するという形で、受託の強みと自社サービスを組み合わせる方向を見出しました。
一方で、設定の代行を手厚くするほど、担当者の稼働が増えていくことも見えてきました。そこで、よく使われる設定をいくつかの型として用意し、多くの店では型を選ぶだけで済むようにする改善を、次の段階の課題として定めました。人の支援で価値を確かめ、繰り返し出てくる作業を仕組みに置き換えていくという順序です。
受託の強みを活かす提供の形
受託会社の自社サービスは、純粋なソフトウェアの提供だけが選択肢ではありません。受託で培った導入支援や個別対応の力を組み合わせることで、受託会社ならではの提供の形を作れます。
| 提供の形 | 内容 | 受託会社にとっての利点 |
|---|---|---|
| サービス単体 | 顧客が自分で登録し、自分で使う | 人の稼働に比例しない収益を得られる |
| サービス+導入支援 | 初期設定や業務への組み込みを支援する | 受託の経験を活かせ、導入の障壁を下げられる |
| サービス+個別開発 | 共通の基盤の上に、顧客ごとの追加開発を行う | 受託の案件の効率が上がり、基盤の改善にもつながる |
| 受託案件での部品化 | 受託の案件で使う共通部品として社内で活用する | 受託の利益率を高めながら、製品を育てられる |
最後の「受託案件での部品化」は、自社サービスへの第一歩として取り組みやすい形です。受託の案件で繰り返し作っている機能を共通の部品として整え、案件ごとに使い回すことで、受託の工数を減らしつつ、部品の品質を実際の案件で磨けます。部品が十分に育ったら、それを単体のサービスとして外部に提供することを検討します。
ただし、個別開発を組み合わせる形は、案件ごとの要望に応えるうちに共通の基盤が顧客ごとに分かれてしまい、結果として受託と変わらない状態になる危険もあります。共通の基盤に取り込む機能と、個別の開発にとどめる機能の線引きを、責任者が明確に判断することが大切です。
よくある失敗と避け方
| よくある失敗 | 何が起きるか | 避け方 |
|---|---|---|
| 受託の空き時間で進める | 繁忙期に止まり、何年経っても完成しない | 時間と人を先に固定で確保する |
| 作り込んでから公開する | 誰も使わないものに多くの工数を使う | 作る前に資料や簡単な画面で反応を確かめる |
| 技術的に面白いものを作る | 顧客の課題とずれ、売れない | 受託で何度も見た顧客の課題を起点にする |
| 販売の方法を考えない | 作ったが顧客に届かない | 検証の段階から、顧客に届ける経路を試す |
| 受託の顧客の反応だけで判断する | 好意的な反応に引きずられ、需要を過大評価する | 取引のない企業にも話を聞く |
| 受託の成果物の権利を確認しない | 顧客との間で権利の問題が生じる | 関連する契約を確認し、専門家に相談する |
とくに「販売の方法を考えない」失敗は、受託会社に多く見られます。受託では顧客が向こうから相談に来ることが多いため、自ら顧客を探して売る経験が少ないことがあるからです。自社サービスでは、誰にどうやって知ってもらい、どう導入してもらうかを、作ることと同じくらい重視する必要があります。
収益化までの判断基準
自社サービスへの投資を続けるか、方向を変えるか、やめるかを判断するために、段階ごとの基準を決めておきます。
- 課題の確認の段階:取引のない企業を含む複数の顧客候補から、同じ課題を直接聞けたか
- 提案の段階:説明資料や画面のイメージで提案し、導入の意向や価格への具体的な反応が得られたか
- 試験提供の段階:最小限の版を使った顧客が、一定期間使い続けたか、有料での継続を希望したか
- 有料提供の段階:有料の顧客が増え続けているか、解約が少ないか、導入やサポートの手間が収益に見合っているか
それぞれの段階で基準を満たさなかった場合に、どう判断するかもあらかじめ決めておきます。基準を満たさないまま投資を続けると、受託の収益を食いつぶすことになります。収益の見通しを立てる方法はSaaS事業計画の収益モデルの作り方が参考になります。
自社サービス立ち上げのチェックリスト
- 受託の経験から、繰り返し見てきた顧客の課題を書き出した
- 受託の顧客以外の企業からも、同じ課題を直接聞いた
- 自社サービスに充てる時間と人を、固定で確保した
- 自社サービスの責任者が決まり、判断の権限が明確になっている
- 受託の収益のうち自社サービスに投資する範囲と期間を決めた
- 受託の成果物の権利と、受託の顧客との関係を確認した
- 作る前に、説明資料や画面のイメージで反応を確かめる計画がある
- 顧客に届ける経路(紹介、ウェブ、提携など)の候補がある
- 段階ごとの判断基準と、満たさなかった場合の判断を決めた
- 自社サービスの担当者の評価の仕方を決めた
よくある質問
Q. 受託をやめて自社サービスに集中すべきですか?
自社サービスが安定した収益を生むまでには時間がかかるため、受託を一気にやめるのは大きなリスクを伴います。受託の収益を土台にしながら、自社サービスへの投資の範囲を決めて段階的に進め、自社サービスの収益が見えてきた段階で、受託との比重を見直すのが現実的です。
Q. 受託の顧客と共同で自社サービスを作ることはできますか?
受託の顧客と共同で開発し、他社にも提供できる形にする方法はあり得ます。ただし、権利の帰属、費用の分担、他社への提供の条件などを、最初に契約で明確にしておく必要があります。法的な判断は専門家に確認してください。
Q. 自社サービスの販売の経験がありません。どうすればよいですか?
最初は経営者や責任者自らが顧客候補に会い、提案し、導入を支援することをおすすめします。販売の過程で顧客の反応を直接知ることが、サービスの改善と販売の方法を見つけることにつながります。販売の型が見えてきた段階で、担当者を置いたり、提携先を探したりします。
Otsumuに相談できること
受託の経験から顧客の課題がはっきり見えていて、自社サービスに充てる時間と人を確保できる場合は、この記事の手順に沿って、課題の確認から最小限の版の試験提供までを自社で十分に進められます。作る力のある受託会社であれば、開発そのものを外部に頼む必要はないことが多いでしょう。
一方で、テーマの候補はあるが事業として成り立つかの判断がつかない、作る前の検証の進め方が分からない、販売や価格の決め方に経験がない、といった状況では、自社サービスを手がけた経験を持つ外部の視点を入れたほうが、遠回りを避けられます。受託の進め方に慣れた組織ほど、検証の段階で受託の癖が出やすいものです。
Otsumuは自らも事業を手がける立場から、テーマの絞り込み、作る前の検証の設計、価格と販売の進め方の整理までを支援します。新規事業開発コンサルティングでは事業の組み立てと検証を、新規事業の爆速MVPシステム開発では社内の開発体制を補う形での最小限の版の開発をお手伝いしています。事業案の論点を短期間で洗い出す新規事業レビュー Sprint(48万円・税別・参考価格、1〜2週間)や、顧客の声で仮説を確かめる顧客検証 Sprint(98万円〜・税別・参考価格、4週間)という形でもご相談いただけます。
自社サービスの候補について壁打ちしたいという段階でも構いません。まずは30分の無料相談でお聞かせください。
この記事のテーマに最も近い支援は、新規事業の体制づくり・人材・社内推進支援です。
- 判断・実行・支援の役割を体制図に
- 責任と同じだけの権限を設計
- 採用・外部人材・社内制度まで伴走
まずは30分の無料相談で、状況をお聞かせください。
この記事について
Otsumu株式会社が執筆しました。統計値や他社の事例には依拠せず、進め方と判断の枠組みを中心にまとめています。法務・税務・会計などの制度は、専門家や公的窓口で最新の情報をご確認ください。
執筆:Otsumu株式会社 / 編集日 2026.10.01