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SaaS経営指標のダッシュボード設計:MRR・解約・NRRの見せ方

SaaSの経営指標のダッシュボードは、経営・営業・CSの利用者ごとに画面を分け、MRRの内訳やNRRを同じ定義でつなげて設計します。主要指標の整理、画面ごとの構成、定義の決め方、作る手順とよくある失敗を解説します。

SaaSの経営指標のダッシュボードは、一枚にすべての指標を並べるのではなく、「経営」「営業」「カスタマーサクセス(CS)」の三つの利用者ごとに、見る目的と頻度に合わせて画面を分けて設計するのが基本です。経営向けにはMRR(月次経常収益)の推移とその内訳(新規・拡大・縮小・解約)、NRR(売上継続率)、獲得の効率を、営業向けには商談の段階ごとの件数と新規MRRの見込みを、CS向けには顧客ごとの健全さと更新の予定を中心に置きます。三つの画面が同じ定義の数字でつながっていることが、ダッシュボード全体の信頼性を支えます。

設計で最初に決めるべきなのは、グラフの種類や色ではなく、指標の定義です。MRRに初期費用を含めるか、年額契約をどう月額に換算するか、解約はいつの時点で数えるか、といった定義が部署ごとに違うと、どれだけ見やすい画面を作っても数字が信用されず、使われなくなります。

この記事は、SaaS事業の経営者や事業責任者、経営企画やデータ分析の担当者で、経営指標を表計算ソフトで集計しているが手間がかかる、ダッシュボードを作ったが使われていない、という方に向けて書いています。SaaSの主要な指標の整理、利用者ごとの画面の設計、指標の定義の決め方、データの集め方、運用までを順に解説します。

SaaS経営で見るべき主な指標

まず、SaaSの経営指標の全体像を整理します。指標は大きく、収益、継続、獲得、効率の四つに分けられます。

区分主な指標何が分かるか主な利用者
収益MRR・ARR、MRRの内訳(新規・拡大・縮小・解約)継続収益の規模と、増減の理由経営
継続顧客数ベースの解約率、収益ベースの解約率、NRR既存顧客から収益を維持・拡大できているか経営、CS
獲得商談数、受注率、新規MRR、獲得までの期間新規の顧客を計画どおり獲得できているか経営、営業
効率顧客獲得コスト、獲得コストの回収期間、顧客生涯価値成長のための投資が見合っているか経営

MRRとその内訳

MRRは、毎月繰り返し得られる収益の合計です。SaaSの経営で最も基本となる数字ですが、合計の推移だけを見ても、なぜ増えたのか、なぜ減ったのかは分かりません。そこで、前月から当月への変化を「新規(新しく契約した顧客の分)」「拡大(既存顧客のプランの上位化や追加の分)」「縮小(既存顧客のプランの下位化の分)」「解約(契約を終えた顧客の分)」の四つに分けて見ます。この内訳を見ることで、新規の獲得が伸びているのか、既存顧客の拡大が効いているのか、解約が増えているのかが一目で分かります。

NRR(売上継続率)

NRRは、ある時点の既存顧客からの収益が、一定期間後にどれだけ維持・拡大しているかを示す指標です。拡大の分を含めるため、解約や縮小があっても、拡大がそれを上回れば百を超えます。既存顧客との関係の健全さを示す指標として重視されます。これに対して、拡大を含めず、解約と縮小による減少だけを見る指標はGRR(総収益継続率)と呼ばれ、解約を防げているかを純粋に見るのに使います。

成長の質を見る指標

MRRの増え方の質を見る指標として、新規と拡大の合計を、縮小と解約の合計で割ったクイックレシオ(SaaS)などもあります。数字の大小を他社と比べるより、自社の推移として見て、成長の中身が変わっていないかを確認するのに使うのがおすすめです。

利用者ごとに画面を分ける

一枚の画面にすべての指標を並べると、誰にとっても見たい情報を探しにくい画面になります。利用者ごとに、見る目的、頻度、必要な粒度が違うため、画面を分けて設計します。

利用者見る目的見る頻度中心に置く指標必要な粒度
経営事業が計画どおりか、どこに手を打つべきか週次〜月次MRRの推移と内訳、NRR、解約率、獲得の効率、計画との差全社の合計、月単位
営業今期の受注が計画に届くか、どの商談に注力するか日次〜週次商談の段階ごとの件数と金額、受注率、新規MRRの見込み担当者別、商談別
CSどの顧客に手を打つべきか、更新は大丈夫か日次〜週次顧客ごとの健全さ、利用状況、更新の予定、拡大の機会顧客別

経営向けの画面

経営向けの画面は、一番上に「今月のMRRと計画との差」を置き、その下にMRRの推移と内訳のグラフを置きます。内訳は、新規と拡大を上向き、縮小と解約を下向きに積み上げたグラフにすると、増減の理由が視覚的に分かります。その下に、NRRと解約率の推移、獲得の効率の指標を並べます。

経営向けの画面では、細かい数字より、計画との差と変化の方向が分かることを優先します。計画を下回っている指標を色で目立たせ、その指標の詳細(営業やCSの画面)にたどれるようにしておくと、会議で原因を探るときに役立ちます。経営ダッシュボードの全般的な作り方は経営ダッシュボードの作り方:見る指標と更新の仕組みの設計で解説しています。

営業向けの画面

営業向けの画面は、商談の段階ごとの件数と金額を中心に置きます。初回の打ち合わせ、提案、見積もり、契約の手続き、といった段階ごとに、今いくつの商談があり、合計でどれだけの新規MRRが見込めるかを示します。段階ごとの移行率(次の段階に進んだ割合)も並べると、どの段階で商談が止まっているかが分かります。

担当者別の表示に切り替えられるようにしておくと、マネージャーが担当者ごとの状況を確認し、支援が必要な商談を見つけられます。今期の着地の見込みを、受注済みの金額と、段階ごとの商談の金額に受注の確度を掛けたものの合計で示すと、計画に届くかどうかの判断に使えます。

CS向けの画面

CS向けの画面は、顧客ごとの一覧が中心です。各顧客の契約の金額、更新日、利用状況の推移、健全さの評価(シグナルに基づく段階)を並べ、リスクの高い顧客や更新日が近い顧客が上に来るように並べ替えられるようにします。利用が伸びている顧客を拡大の機会として示すことも大切です。

顧客の健全さの評価は、解約の予兆となるシグナルから作ります。シグナルの見つけ方は解約の予兆を検知する:利用データから解約リスクを見つける方法で詳しく解説しています。

指標の定義を決める

ダッシュボードの設計で最も時間をかけるべきなのが、指標の定義です。SaaSの指標は、定義の違いで値が大きく変わるものが多くあります。

定義を決めるべき主な論点

  • MRRに含めるもの:初期費用や一回限りの費用、従量課金の部分、値引きを含めるか
  • 年額契約の扱い:年額を十二で割って月額として計上するか
  • 解約の時点:解約の申し出の時点か、契約の終了の時点か
  • 解約率の分母:月初の顧客数か、期間の平均の顧客数か
  • 顧客の単位:契約している会社か、契約のアカウントか
  • 無料の利用者や試用期間中の顧客を、顧客数に含めるか
  • 通貨が複数ある場合の換算の方法

これらの論点について、経営、営業、CS、経理の担当者で合意し、定義書として文書にします。経理の売上の計上とダッシュボードのMRRは目的が違うため一致しないことがありますが、両者の差が何によって生じるのかを説明できるようにしておくと、数字への信頼が高まります。会計や税務上の取り扱いについては、専門家に確認してください。

事業計画とそろえる

ダッシュボードの指標は、事業計画の収益モデルと同じ定義で作ると、計画と実績を比べやすくなります。計画ではMRRに従量課金を含めているのに、ダッシュボードでは含めていない、という状態では、計画との差の意味が分からなくなります。収益モデルの作り方はSaaS事業計画の収益モデルの作り方:解約と獲得を組み込むで解説しています。

ダッシュボードを作る手順

具体的な作り方を手順で整理します。

  1. 利用者(経営、営業、CS)ごとに、ダッシュボードで答えたい問いを書き出す(例:今月のMRRは計画に届くか、どの顧客に今週連絡すべきか)。
  2. 問いに答えるために必要な指標を選び、利用者ごとに五〜八個程度に絞る。
  3. 各指標の定義を、関係者で合意して定義書にまとめる。
  4. 各指標のデータの取得元を確認する(課金・請求のシステム、顧客管理のシステム、製品の利用ログなど)。
  5. 取得元からデータを集め、定義どおりに計算する仕組みを作る。
  6. 利用者ごとの画面の配置を決め、最初の版を作る。
  7. 実際の会議や日々の業務で使ってもらい、使われなかった指標や足りない情報を確認して直す。
  8. データの更新が止まっていないか、定義が変わっていないかを確認する担当を決める。

手順1の「答えたい問い」から始めることが、使われるダッシュボードを作る最大の秘訣です。取れるデータから指標を並べる作り方では、誰の問いにも答えない画面になりがちです。作ったのに使われない原因と対策は作ったダッシュボードが見られない原因と、使われる設計の条件で詳しく扱っています。

データの集め方

SaaSの経営指標のデータは、多くの場合、複数のシステムに分かれています。MRRや解約は課金・請求のシステム、商談は顧客管理や営業支援のシステム、利用状況は製品のデータベースや分析のツールにあります。これらを一か所に集めて、顧客の単位でつなげる必要があります。

最初は表計算ソフトで各システムから書き出したデータをつなげる形でも始められますが、毎月の手作業が負担になったら、データを自動で集める仕組みに移します。BIツールを使うか、自社で画面を開発するかの判断はダッシュボードはBIツールで作るか自社開発するかの判断基準を参考にしてください。

権限と見せる範囲

ダッシュボードには、顧客ごとの契約の金額や担当者別の成績など、扱いに注意が必要な情報が含まれます。経営向けの画面は経営層と管理職、営業向けは営業部門、CS向けはCS部門と関係する営業担当、というように、画面ごとに閲覧できる人を決めておきます。全社に公開する数字と、限られた人だけが見る数字を分けておくと、情報の管理と、数字の透明性の両立がしやすくなります。

架空の例:中小企業向けSaaSのダッシュボードの作り直し

中小企業向けに業務管理のSaaSを提供している会社を例に考えます。これまでは、経営企画の担当者が毎月、課金システムと顧客管理のシステムからデータを書き出し、表計算ソフトで集計して経営会議の資料を作っていました。集計に数日かかり、会議の時点で数字が古くなっていることや、営業部門の資料と数字が合わないことが課題でした。

まず、経営、営業、CSの責任者に、毎週・毎月の会議でどんな問いに答えたいかを聞き取りました。経営は「MRRの伸びが鈍った理由」、営業は「今期の新規MRRの着地」、CSは「来月更新の顧客のうち危ないのはどこか」が主な問いでした。

次に、MRRと解約の定義を決めました。営業部門は契約の申込みの時点で新規MRRを数えていましたが、経営企画は課金の開始の時点で数えていたため、数字がずれていました。課金の開始の時点に統一し、営業の画面では申込み済みで課金開始前のものを別に表示することにしました。

そのうえで、データを自動で集めて三つの画面を作りました。経営の画面ではMRRの内訳を見られるようにしたことで、伸びの鈍化の原因が新規の減少ではなく、既存顧客の縮小の増加にあることが分かりました。この発見をCSの画面とつなげ、縮小した顧客の利用状況を確認するという次の行動が決まりました。

会議と日々の業務での使い方

ダッシュボードは、作っただけでは使われません。誰が、いつ、どの画面を見て、何を決めるのかを、会議や業務の流れの中に組み込んでおくことが大切です。

経営会議での使い方

月次の経営会議では、経営向けの画面を投影し、上から順に確認します。最初にMRRと計画との差を確認し、差がある場合はMRRの内訳のどこに原因があるかを見ます。新規が足りないなら営業の画面で商談の段階を、解約や縮小が増えているならCSの画面で該当する顧客を確認します。会議の最後に、確認した原因に対して誰が何をするかを決め、次の会議で結果を確認します。資料を別に作らず、画面そのものを会議の資料にすると、集計の手間がなくなり、数字の食い違いも起きません。

営業とCSの週次の使い方

営業のマネージャーは、週に一度、担当者ごとの商談の状況を画面で確認し、止まっている商談や、受注の見込みが変わった商談について担当者と話し合います。CSの担当者は、毎週の始めに顧客の一覧をリスクの高い順に並べ、その週に連絡すべき顧客を決めます。どちらも、画面を見る時間を決まった予定として組み込むことで、確認が習慣になります。

画面の改善を続ける

使い始めてから一〜二か月たったら、利用者に「よく見る指標」「見ていない指標」「足りない情報」を聞き取ります。見られていない指標は画面から外すか、詳細の画面に移します。足りない情報は、定義とデータの取得元を確認したうえで追加します。事業の段階が変われば重視する指標も変わるため、四半期に一度は画面の構成を見直すとよいでしょう。

よくある失敗とその避け方

全部の指標を一枚に並べる

すべての利用者のための指標を一枚に並べると、誰も自分の見たい情報を見つけられません。利用者ごとに画面を分け、それぞれの画面の指標を絞ります。

定義を決めずに作り始める

画面を作ってから定義のずれに気づくと、作り直しになります。画面の設計より先に、定義を合意します。

合計の数字だけを見せる

MRRの合計や解約率の全体の値だけでは、何が起きているのか分かりません。内訳、推移、顧客の規模や獲得の経路ごとの切り分けを見られるようにします。

行動につながらない

数字を見ても次に何をすべきかが分からない画面は、やがて見られなくなります。経営の画面から営業やCSの詳細にたどれるようにし、CSの画面では対応すべき顧客が分かるようにするなど、行動につながる設計にします。

更新が止まっていることに気づかない

データの取り込みが止まったまま、古い数字を見て判断してしまうことがあります。画面に最終更新の日時を表示し、更新が止まったら担当者に通知が届くようにします。

SaaSダッシュボード設計のチェックリスト

  • 経営、営業、CSそれぞれの答えたい問いを書き出したか
  • 利用者ごとに画面を分け、指標を五〜八個程度に絞ったか
  • MRRに含めるもの、年額契約の扱い、解約の時点などの定義を合意したか
  • 定義書を作り、事業計画の定義とそろえたか
  • MRRの内訳(新規・拡大・縮小・解約)を見られるか
  • 経営の画面から、営業やCSの詳細にたどれるか
  • CSの画面で、対応すべき顧客と更新の予定が分かるか
  • 各指標のデータの取得元と、顧客の単位でのつなげ方が決まっているか
  • データの更新を自動化し、最終更新の日時を表示しているか
  • 実際の会議で使い、使われない指標を見直す場があるか

よくある質問

Q. 立ち上げ直後のSaaSでも、ここまでのダッシュボードが必要ですか?

顧客数が少ない段階では、顧客一社ずつの状況を直接把握できるため、凝ったダッシュボードは必要ありません。ただし、MRRとその内訳、解約の定義だけは早い段階で決めておくと、後から過去の数字を作り直す手間が省けます。顧客数が増え、一人で全顧客を把握できなくなってきたら、CS向けの画面から整えるのがおすすめです。

Q. NRRはどのくらいの期間で計算すればよいですか?

一年前の時点の既存顧客を対象に、現在の収益と比べる方法が一般的ですが、事業の段階や契約の周期によっては、四半期や月単位で見る方が変化を早く捉えられます。重要なのは、計算の期間と方法を定義書に明記し、継続して同じ方法で見ることです。

Q. 営業やCSが、ダッシュボードより自分の表計算ファイルを使い続けてしまいます。

ダッシュボードが、担当者の日々の問いに答えていない可能性があります。担当者が自分のファイルで何を見ているのかを聞き取り、その情報をダッシュボードに取り込むと、移行が進みやすくなります。また、会議の資料をダッシュボードの画面そのものにすると、自然と使われるようになります。

Q. 投資家や金融機関への報告にも、同じダッシュボードを使えますか?

基本の指標と定義は同じものを使えますが、社外向けには、見せる指標と粒度を絞った別の画面や資料を用意するのが一般的です。社内の画面には顧客名や担当者別の数字が含まれるため、そのまま共有すると情報の管理の面で問題になります。定義書を社内外で共通にしておけば、報告のたびに数字を作り直す手間が省け、説明にも一貫性が出ます。

Otsumuに相談できること

課金と顧客管理のデータが一つか二つのシステムにまとまっていて、指標の定義を社内で合意でき、BIツールを扱える担当者がいる場合は、この記事の手順に沿って自社でダッシュボードを作ることは十分可能です。まずは経営向けのMRRの内訳の画面から作り、会議で使いながら広げていくとよいでしょう。

一方で、データが複数のシステムに分かれていて顧客の単位でつなげるのが難しい、部署ごとに定義がずれていて合意の進め方に迷っている、作ったダッシュボードが使われずに困っている、といった場合は、外部の手を借りた方が早く整うことがあります。

Otsumuでは、SaaSの経営指標の定義の整理から、利用者ごとの画面の設計、データの集約と集計の自動化、ダッシュボードの開発、会議での運用の定着までを一貫して支援しています。自らも事業を運営する立場から、数字を眺めるだけでなく次の行動が決まる画面にすることを重視しています。詳しくはKPI改善コンサルティングやダッシュボード開発のページをご覧ください。

今の集計の仕方や指標の定義の整理からでもご相談いただけます。30分の無料相談からお気軽にご連絡ください。

この記事について

Otsumu株式会社が執筆しました。統計値や他社の事例には依拠せず、進め方と判断の枠組みを中心にまとめています。法務・税務・会計などの制度は、専門家や公的窓口で最新の情報をご確認ください。

執筆:Otsumu株式会社 / 編集日 2026.10.01

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